はじめに
前回記事:【ゲーム機の歴史③】16ビット戦争 任天堂VSセガ
16ビット戦争によって家庭用ゲームは大きく進化しましたが、
1990年代半ば、ゲーム業界はさらに根本的な変化を迎えます。
それが、3D表現の本格化とメディアの刷新です。
そして、この変化の中心にいたのが、
それまでゲーム業界の主役ではなかった企業――ソニーでした。
ゲーム業界の転換点「3D」という新次元
1990年代前半、技術の進歩により、
ポリゴンを使った3D表現が現実的なものになり始めます。
従来のゲームでは、
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横に進む
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上下にジャンプする
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画面は固定視点
といった制約がありました。
しかし3Dになることで、
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奥行きのある空間
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自由なカメラワーク
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現実に近い没入感
といった新たな表現が可能になります。
これは、ゲームの「遊び方」そのものを変える大革命でした。
ソニー参入の背景
ソニーはもともと家電メーカーであり、
ゲーム業界では新参者でした。
しかし実は、ソニーは一度、
任天堂と共同でゲーム機を開発していた過去があります。
この協業が破談になったことをきっかけに、
ソニーは「自社でゲーム機を作る」という決断を下しました。
こうして1994年、
**PlayStation(プレイステーション)**が誕生します。
PlayStationの革新性

PlayStationが他のゲーム機と決定的に違っていた点は、性能だけではありません。
① CD-ROMの採用
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製造コストが安い
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大容量で音声・ムービーを収録可能
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サードパーティの参入障壁が低い
映画的演出で話題を呼んだ諜報アクション「メタルギア」、圧倒的な恐怖体験ができるサバイバルホラー「バイオハザード」といったキラータイトルが続々と世に放たれます。
これにより、ゲームは
「短時間で遊ぶもの」から
「物語と演出を楽しむもの」へと進化します。
② サードパーティ重視の戦略
任天堂は依然として厳格な管理体制を敷いていましたが、
ソニーは開発の自由度を重視しました。
その結果、
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スクウェア
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ナムコ
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コナミ
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カプコン
といった有力メーカーがPlayStationへ集まります。
特に、
『ファイナルファンタジーVII』がPlayStationで発売されたことは、業界全体に大きな衝撃を与えました。
③ 「大人向けゲーム」という新市場
PlayStationは、
子ども向けの玩具というよりも、
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スタイリッシュなデザイン
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CMでの映像演出
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音楽・映画的表現
といった要素を前面に押し出し、
若者や大人を明確にターゲットにしました。
これにより、
「ゲームは子どものもの」という固定観念が崩れていきます。
64とセガサターンの苦戦
同時期、他社たちがこの状況を指を咥えていたわけではありません。
当然彼らも次世代機を投入していました。
セガサターン
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2D性能は非常に高い
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構造が複雑で開発が難しい
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3D対応が後手に回る
NINTENDO64
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高性能な3D描画
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しかしカートリッジ継続
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容量不足とコスト高
どちらも強みはありましたが、
開発しやすさとソフト供給量でPlayStationに及びませんでした。
覇権交代の瞬間
1990年代後半、
家庭用ゲーム市場の勢力図は明確に変わります。
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ソニー:圧倒的なソフト数と話題性
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任天堂:質は高いが数で劣勢
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セガ:次第に存在感を失う
この流れは止まらず、
セガは2001年、ドリームキャストを最後にハード事業から撤退します。
こうして、
ゲーム業界の覇権は任天堂からソニーへと移りました。
PlayStationの衝撃が残したもの
PlayStationがもたらした影響は、
単なる「売れたゲーム機」ではありません。
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3Dゲームが標準になる
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サードパーティ主導の時代
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ストーリー性・演出重視
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ゲームの年齢層拡大
現在のAAAタイトルや
映画的なゲーム体験は、
この時代に確立されたと言えます。
次の時代へ
PlayStationの成功は留まることを知りませんでした。
その波動は1億台以上を売り上げた次世代機 PlayStation 2 へと引き継がれ、
ゲームはさらに大衆化していきます。