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【ゲーム機の歴史①】1970年代 家庭用ゲーム機の誕生と王者Atari

はじめに

現在、家庭用ゲーム機は高性能なCPUやGPUを搭載し、
インターネットに接続され、世界中の人と同時に遊べる存在となっています。

しかし、その出発点は驚くほど素朴なものでした。

家庭用ゲーム機の歴史は、
1970年代、「テレビにゲームを映す」という発想から始まります。

この時代では「ゲーム」という文化そのものが社会に根付いておらず、家庭で遊ぶ娯楽といえばテレビ番組やボードゲームが中心でした。

そんな中で誕生した家庭用ゲーム機は、まさに未来のテクノロジーだったのです。


世界初の家庭用ゲーム機「オデッセイ」

1972年、アメリカの家電メーカーMagnavox(マグナボックス)は、
世界初の家庭用ゲーム機とされる**「オデッセイ(Odyssey)」**を発売しました。

引用:ウィキメディアコモンズ

オデッセイは、現在の感覚から見ると非常に原始的な仕組みをしています。

数種類のゲームが内蔵されていたのですが、

  • 音は出ない

  • 得点等は自分で紙に書いて管理

  • 画面に表示されるのは白い点と線だけ

といったものでした。

それでも、このゲーム機は
テレビが遊び道具になる」という概念を初めて一般家庭に持ち込みました

テニスや卓球を模したゲームは、後のゲーム文化に大きな影響を与えます。

ただし、残念ながらオデッセイは商業的に大成功したとは言えません。

理由の一つは、Magnavox製テレビでしか使えない」という誤解が広まったことです。

実際には他社製テレビでも使えましたが、
宣伝の失敗により市場を広く獲得することができませんでした。


Atariの登場と家庭用ゲームの大衆化

オデッセイの登場から数年後、家庭用ゲーム機の歴史を決定づける企業が現れます。
それが**Atari(アタリ)**です。

 

Atariは1977年に**「Atari 2600」**を発売しました。

引用:© 2023年 アタリ・インタラクティブ株式会社/PLAION

このゲーム機は、家庭用ゲームの在り方大きく変える存在となります

最大の特徴は、カートリッジ交換方式です。
それまでの家庭用ゲーム機は、遊べるゲームが最初から固定されていました。

しかしAtari 2600では、
ソフトを交換することで全く別のゲームを遊ぶことができました

この仕組みは、現在の家庭用ゲーム機でも
引き継がれている「ゲームビジネスの原型」と言えます。


Atari:一強時代の到来

Atari 2600はアメリカ市場を中心に爆発的に普及し、1970年代後半から1980年代初頭にかけて、家庭用ゲーム市場はAtariの一強時代を迎えます。

当時のAtariは、

  • 家庭用ゲーム機

  • アーケードゲーム

  • ソフト開発

といった体系を一体化させた、圧倒的な存在でした。
ゲーム=Atari」と認識されるほど、ブランド力は強かったのです。

この時代に、ゲームは一部のマニア向け娯楽から、子どもから大人まで楽しめる家庭の娯楽へと変わっていきました。


王者の陥落

しかし、Atariの成功は永遠には続きませんでした。

市場を急速に拡大させた結果、
品質管理の崩壊という大きな問題を抱えることになります。

  • 誰でもゲームソフトを作れる環境

  • 内容の薄い粗悪なゲームの大量生産

  • 有名作品の名前だけを使った低品質ソフト

これにより、消費者の信頼は徐々に失われていきました。

特に象徴的なのが、映画『E.T.』を題材にしたゲームです。

十分な開発期間が与えられず、完成度の低いまま発売されたこのソフトは大量に売れ残り、Atariの経営に深刻な打撃を与えました。

結果Atari社は表舞台から徐々に立ち去って行くこととなりました。


次の時代への布石

1970年代の家庭用ゲーム機は、技術的にも表現的にも未熟でした。
しかし、この時代があったからこそ、

  • 「家庭でゲームを遊ぶ」という文化

  • ハードとソフトを分けるビジネスモデル

  • ゲーム産業という概念

という現代のゲーム産業が誕生したのです。

そして、この黎明期の混乱と失敗によって
「ゲーム機市場はもう終わった」と誰もが感じていました。

しかし1980年代に突如、日本から登場したとある任天堂の怪物が世界のゲーム業界を立て直し、時代の寵児となるのでした。

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